部活を終えた要くん、清峰くん、藤堂くん、千早くん、そして僕の5人は桃パフェを食べるために吉祥寺に来ていた。賑やかで何でもあって放課後遊ぶには困らない場所だ。
パイ毛を佐古さんに寒いと言われてショックを受けた要くんだったが、みんなに手厚く励まされ桃パフェに釣られ、練習が終わる頃にはウキウキになっていた。
「へーへー、で? 桃パフェが食べられる店ってどこよ?」
「こっこでーす!」
藤堂くんに聞かれて要くんが雑居ビルの2階を指差す。窓に店名と桃などのフルーツがイラストで描かれていて、そこに上がる階段の前にはメニュー看板が出ている。
「これかぁ、要くんがずっと食べたがっていた桃パフェは」
瑞々しそうな桃と生クリームがたっぷり乗っている。確かにこれは美味しそうだ。
桃パフェの写真を見つけて僕がそう言うと、「ん?」と藤堂くんがメニュー看板を覗き込んできた。
「1200円? 高くねえ?」
「そんなことないよ! これだけたっぷり桃を使ってるから安いくらいだよ! 他の店なら3000円とかするからね」
そう言いながら要くんは自分の財布を尻ポケットから取り出す。そして確認するように中身を見て、「え?」と固まった。
「どうしたの、要くん」
「…………しかない……」
「え?」
「100円しかない……」
要くんが震える手で差し出してきた財布の中をみんなで覗くと、百円玉が1枚しかなかった。
「俺より金ねえじゃねえか!」
「現金がなくても電子マネーで払えばいいじゃないですか」
思い出したように提案する千早くん。けれど要くんは震える声で応えた。
「……今月のチャージ分、もう使っちゃった……」
愕然としながら全身震え出した要くんは生まれたての子鹿のようだ。
「何にそんなに使ったの」
そう聞く僕に要くんは「い、色々……」と答える。
「そりゃ色々使えば無くなるわな」
呆れ顔の藤堂くん。千早くんも呆れたように言った。
「それじゃ、今日は止めときましょうか、桃パフェ」
「ええっ……そんな殺生な……!」
「仕方ないでしょう、お金がないんなら」
「うう、桃パフェ~……今日こそ食べられると思ったのにぃ~……っ」
要くんは立っていられないほどショックなのか、地面に転がって泣いている。
「要くんしっかりして」
「おい立てよ」
僕と藤堂くんが立たせようとするが、要くんは「桃パフェェ~」と泣くばかりだ。通りすがりの人たちがなんだなんだと見てくる。
「すみません、なんでもないですー!」
僕が周囲の人たちにそう声をかけたとき、ふとその中に見知ったような顔を見た気がした。でも、どこにでもいそうなおじさんたちだ。きっと気のせいだな。
「桃パフェェ~……」
「あ~もう仕方ねえな! 俺にゲームで勝ったら奢ってやるよ」
さすがに可哀想になったのか、そう言った藤堂くんの指差す先は、フルーツカフェが入っているビルの隣にあるゲームセンターだった。
往来のことも考えて僕たちは一旦ゲームセンターに入った。
たくさんのいろんなゲーム機が並んでいるのを見て、ちょっとソワッとしてしまう。そういや、久々に来たかも。
ちょっとソワッとしたのは僕だけじゃなかったらしく、藤堂くん、千早くんも興味深そうに辺りのゲーム機を見ていて、要くんももちろん興味津々だ。しょうがない。みんな大好きゲームセンターだもの。
でも清峰くんはあまり興味なさそうにぼーっとしている。しょうがない。野球大好き清峰くんだもの。
「本当にゲームに勝ったら奢ってくれるの!? 葵ちゃん!」
藤堂くんの申し出に要くんが目を輝かす。
「ただし勝ったらだからな!」
「もちろん!」
「んで、何で勝負すんだよ?」
「ちょっと待ってね! えーと……」
要くんは近くのゲーム機の料金を見て「200円…ダメだ」など言いながら探していく。そして奥のほうでとあるゲーム機をみつけた。
「これにしよ! 100円だし!」
国民的ゲームキャラでカーレースをする有名なゲーム。運転席を模した台が四つ繋がっている。
「おー、いいな」と言っていた藤堂くんがふと首をかしげて言った。
「……つーかみんなでやって、要に負けたヤツが奢ればいいんじゃね?」
「いやですよ。奢るって言い出したの、藤堂くんじゃないですか」
にべもない千早くんに藤堂くんは大げさに眉をあげて言った。
「おやぁ? もしかしてゲームに自信がない?」
「誰にむかって言ってるんですか?いいですよ、その勝負乗りました」
「俺が一番だ」
藤堂くんの挑発に千早くんも清峰くんも乗ってきた。みんな負けず嫌いだ。
要くん、千早くんの他に藤堂くんと清峰くんが運転席に座った。
僕も誘われたけど、この4人なら見ているほうがおもしろそうだ。ちなみに清峰くんは財布を家に忘れたらしく、ゲームの料金は藤堂くんが「しょうがねーな」と言いながら出してくれた。要くんがなけなしの100円玉を震える手で投入し、ゲーム開始だ。
そう言う清峰くんに、みんながえっと驚く。でも清峰くんならと納得した。
「葉流ちゃんは時間があれば練習だもんね~。俺はゲーセンのは初めてだけど、自分のゲーム機でやったことあるから!」
得意げな要くん。確か要くんは育成系とかのんびりした平和なゲームが好きなんじゃなかったっけ? こういうのも好きだったんだ。
清峰くんは隣の藤堂くんに教えてもらいながら、みんなそれぞれキャラクターを選んだ。清峰くんはメインの赤い帽子の配管工おじさんキャラ、藤堂くんはでっかいゴリラキャラ、千早くんは紫帽子の細身いじわるおじさんキャラ、そして要くんは金髪桃色ドレス姫キャラだ。桃だからかな。
画面のなかでそれぞれのキャラクターが乗ったカートとコンピューターキャラたちがスタート位置について、カウントダウンが始まる。
ピッ!一斉にスタートを切るカート。だが清峰くんのカートがエンストした。
「だから言ったろうが! とりあえずアクセル踏んで道に合わせてハンドル切りゃいい!」
やっぱり藤堂くんはなんだかんだ面倒見がいいなぁ。
「いっけえ~!」
お、要くんがトップだ。そう僕が見ていると、後ろの方から会話が聞こえてきた。
「おやおや、ゲーセンで遊んでるなんて余裕だねえ」
「まったくねえ」
振り返るとおじさん2人が他のゲーム機に隠れるようにして、こっちを見ていた。そうだ、さっきどこかで見たような気がしたおじさんたちだ。僕は記憶を探り、以前、練習を観に来ていたおじさんたちだったと思い出した。……ん? さらにその後ろにいるのは……。
「て、帝徳の監督!?」
「はわわわわ……!」
帝徳の監督におじさん2人もビックリ乙女になってる。なんて偶然。うーん、面倒を臭いから無視しよう。
僕は見なかったことにしてゲーム画面に視線を戻した。2位の千早君が1位の要くんに向かって緑色のカメの抜け殻を投げた。
「はぇ!? ちょっと瞬ちゃん何すんの!?」
「何って邪魔ですけど?」
千早くんにそう言われた要くんが愕然とした。
「わ、忘れてた!」
「何を?」
僕が聞くと要くんは涙目で叫ぶ。
タイムアタックなら1人で黙々と走るだけだもんね。平和だ。
あたふたする要くんに千早くんは容赦なく残りのカメの抜け殻を放ち、それが命中した要くんのカートがくるくるとスピンした。その間に千早くんがトップになる。
「ちょっと瞬ちゃん! 走ってる車にカメの抜け殻ぶつけるなんて! 危ないでしょうが! ありえナイツ!! あっ、他のコンピュターキャラもぶつけてくる! なにこの地獄のレース!」
そういうゲームだからね、要くん。
「このカメ、さっきから邪魔ばっかする」
その声に清峰くんの画面を見ると、コースアウトしたらしく雲に乗ったカメにコースに戻されていた。
「それはコースに戻してくれてんだよ!」
藤堂くんが追い上げながら突っ込む。
「あっ、葵ちゃんに抜かされたっ」と焦る要くんたちの後方で、また清峰くんが逆走する。
「清峰くん、そっちじゃないよ! 反対だよ!」
僕がそう言う間に、清峰くんのカートはまたカメにコースに戻された。ううーん、壊滅的にセンスがないらしい。
「カメ邪魔」と清峰くんが憤慨している間に、藤堂くんは千早くんのカートに体当たりし、追い抜かした。
「やっぱ一番は藤堂葵様だろ!」
得意げな藤堂くんだったが千早くんがすかさず追い抜き、藤堂くんのカートの前方によく滑りそうな黄色の果物を放る。あ、スピンした。
「なっ! おまえ、さては上手いな!? 嫌なアイテムの落とし方しやがって!」
「フフフ、相手をアイテムで蹴落とすのが楽しいんですよね」
「瞬ちゃんこわい! 道路に黄色い果物なんか落とさないでっ。みんなで仲良く走ればいいじゃない!」
それはただのドライブでは?要くんは怖じ気付いたのか慎重な走りになっている。
「カメ、邪魔」
「智将、助けて! 交代してよ!……え、明日は雨だから車のスリップ事故に気をつけろって…Siriか!」
要くんはまた脳内で智将と会話しているらしい。でも交代できたところで、野球漬けだった智将がゲームできる気がしないけど。あ、だから誤魔化Siriだったのかな?
「カメ邪魔……」
清峰くんが未だスタート付近でカメに戻されている間に、千早くんたちは3週目に入った。必死に追う要くんだったが、千早くんの黄色の果物や爆発物に邪魔されていた。このままでは差は埋まらない。
「がんばって要くん! 桃パフェがかかってるよ! アイテム、アイテム取ってっ」
「う、うん……!」
要くんがゲットしたアイテムは三つの赤いきのこだった。
「それ、スピードアップするやつだよ!早く使ったほうがいい!」
「わかった!」
アイテムでぐんぐん距離を縮めていく要くん。これなら追いつけそうだ。
そのとき、今度は横からおじさんたちの声が聞こえてきた。
「がんばれ、要くんっ」
「藤堂くんのあのハンドルを切る腕の筋肉……さすが強打者……!」
「千早くんのアイテムを使う判断力もさながら、細かいアクセルを使う足さばき……いい」
「清峰くんもガンバ♡」
いつのまに移動したのか、横にあるゲーム機に隠れるようにして、乙女っぽく要くんと清峰くんを応援する帝徳の監督に、藤堂くんと千早くんのプレイに熱い視線を送っているおじさんたちがいた。おじさんAがふと目を細めて言う。
「……さっきはゲーセンで遊んでるなんてと言ってしまったけど、今、私たちは球児たちの束の間の休息を目撃しているんですなぁ……」
「球児であろうと高校生……私たちにも遠い昔にあった貴重なその青い春……」
おじさんAに応えた帝徳監督。おじさんBが「尊い……!」と目を潤ませると、監督とおじさんAも深く頷いている。
何がどうしてそうなったかわからないけれど尊ばれている……。おじさんの情緒は不安定だ。うん、気がつかなかったことにしよう。
そうしている間に要くんは千早くんたちに追いついた。ゴールはもう目前だ。
「カメ……」
相変わらずカメに連れ戻されている清峰くんの声が怒っているように低くなっていく。あ、嫌な予感。
「桃パフェ~!!」
「そうはさせません」
「俺が一番に決まってんだろ!」
ゴールに向かって爆走する要くん、千早くん、藤堂くん。けれど、その前には逆走に次ぐ逆走の清峰くんがいた。
苛立った清峰くんがハンドルのボタンを叩くと、持っていたアイテムの酒樽のようなものが要くんたちに当たりゴール直前で爆発した。それに巻き込まれて大クラッシュした隙にコンピュターキャラたちが次々にゴールしていく。
画面に表示された順位は、5位藤堂くん、6位千早くん、7位要くん。8位はもちろん清峰くんだ。
「ええ~! ちょっと葉流ちゃん!? あともうちょいで抜かせたんだけど!?」
「何してくれてんだ清峰!」
「天は二物を与えないって本当だったんですね」
「ていうか、葉流ちゃんには勝ったけどお金もってないじゃん! ありえナイツ!!」
「カメ、邪魔」
抗議する要くんに、憤慨する藤堂くんに、呆れた様子の千早くんに、我関せずでムスゥとしている清峰くん。その様子がおもしろくて僕はちょっと吹き出してしまった。
くだらないことで笑えるこの時間が楽しくて、さっきのおじさんの言葉は当たってるのかもなんて思った。
僕たちは束の間の青い春の最中だ。
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